3/14寅次郎、宮城・南三陸町ボランティアだより

(管理人よりお詫び・南三陸町は宮城県です。間違って「福島ボランティア」だよりと表記してましたので訂正しました。本当にすみませんでした!)


明日は、この4年間南三陸町にボランティアに来てくれた人たちに対する感謝の集いがあります。

1万人に招待状を出し千人が参加するとのことです。

印象的な人は数知れずいますが、その筆頭は20代の女性Iさんでしょうか。

となり町女川の人で、自身も津波に巻き込まれて九死に一生を得たとのことです。

土日、自分の仕事がオフの日は必ず南三陸町に来てボランティアリーダーを務めてくれます。

去年彼女のもとで津波で荒れてしまった畑の整地作業に参加したことがあります。

ピッケルで土掘って石ころを取り除く作業なんですが、彼女は両手にピッケルを持ってカマキリのように激しく降り下ろしていました。

 

リーダーは作業の初めと終わりに挨拶をするのですが、彼女の挨拶は今でも忘れられません。

「私は自分が生まれ育った女川の瓦礫は辛すぎて片付けることができません。だから、私は南三陸町に来ています。南三陸町の人も同じ気持ちだと思います。ボランティアの皆さん、南三陸町の方たちの代わりに瓦礫を片付けてやって下さい、お願いします」

 

明日、Iさんの顔をちらりとでも見れたらいいなと思っています。

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コメント: 2
  • #1

    どりあん (土曜日, 14 3月 2015 23:14)

    寅さん、ご苦労様です

    「被災者」とひとくくりに言ってしまいますが、一人一人の被害は違い、背負っているものも違うんですよね
    「瓦礫」と言っても、住民にとってはガレキなんかじゃなく、「思い出」であり、「生きてきた証」です

    寄り添うことって難しいけど、寅さんがんばってください

  • #2

    愚直な婆ちゃん (日曜日, 15 3月 2015 01:35)

    寅さん、どりさん、浦スタのメンバー。
    皆さんが持てる力を一杯にして「寄り添う」
    ささやかかもしれないし、寅さんの様に身体ごと
    飛び込んで共に生活し共に同じ空気を吸う。

    それなのにアベは国連防災会議(仙台市)で4800億円
    を支援!だと!
    内なる災害の被災者への思いやりや心配りは無し!
    第一次アベ内閣時代に福島原発は完璧で安全だからと
    様々なサポート体制をハード面でもソフト面でも
    設置しなかった。
    この原発事故は人災です。

    更に高イ○早○議員は「原発事故で死者は出ていない」
    言い放つ。無神経だ。
    2011年の夏頃にこの婆ちゃんの前で車椅子の若者が
    「ボクの祖母ちゃんは・・・死んじゃった、原発事故で
    死んじゃった、俺は、こんな体なのに生きてて・・・
    俺が祖母ちゃんの変わりに死ねばよかったんだ」
    彼は幼き頃から車椅子生活で祖母が様々な場面で手助け
    をしてくれたそうな。
    以前から明るく元気な祖母ちゃんで、彼は楽しい話を聞かせてくれました。

    残された者の悲しみ。
    残された者の苦しみ。
    残して逝った者の悲しみ。
    残して逝った者の苦しみ。

    人はささやかに生きている。
    何処にも無駄なものは無い。
    私の手の上に落ちた彼の涙の・・・涙の生きている温もり。
    決して忘れない。
    「生きろ!生きるんだ」